文章表現

 ご縁を頂き「沖縄建築」という沖縄県建築士会の会誌に私の拙ない文が載っております。内容は去年の8月に行われた、建築家・西沢立衛さんの講演会を聞いての感想。その綺麗な冊子がひと月程前に事務所に届き、早速自分の書いた雑文が載っている項を開いて読んでみました。読み終え、ゆっくりと冊子を閉じ、そして静かに引き出しの奥に仕舞いました。。。
 文章で何かを伝える事の難しさを痛感した次第です。とはいえ出てしまったものは引っ込める事はできません。その時の自分の素直な気持ちである事には変わりないのでココでも晒すことにしました。
 伝えたかったのは「建築はやっぱりおもしろい!」ということです。はい。
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写真はその西沢立衛さんと妹島和世さんによるユニット、SANAAの設計した金沢21世紀美術館。細かい仕事の積み重ねで綺麗に拵えられた、ふんわり素敵感動美術館です。

※会誌「沖縄建築」は、関係者の方々の熱い想いが詰まった素晴らしい仕上がりとなっています。今日から事務所の棚に堂々と並んでおります。声をかけていただいたitoさん、ありがとうございました。良い経験になりました。



 世界で活躍する建築家の近作紹介はやはり刺激的であった。個人住宅から美術館など10作品の写真や解説を聞いて、西沢氏の建築に対する視点が建築の内から外へ、はたまた外から内へ、とても軽やかに移動を繰り返す印象を受けた。庭、敷地、通り、ランドスケープ、都市という言葉に置き換えられて、建築の外側から建築の内側を客観的に俯瞰し丁寧に読み解く。そしてスケールアウトされた家具、機能一辺倒ではない居室の構成、敷地のコンテクストからくる床の起伏や廊下のうねりなどを内側に取り入れ、外側とのつながりを柔らかく表現する。そうやって生まれた建築がふんわりと優しく敷地に配置されて、周辺とは異質なものであるにもかかわらず、空気に馴染んで訪れる者を惹き付ける。建築に生じるこちらとあちらの関係を常に行き来して、どちらの側からも深く考慮する。そうすることで境界を曖昧にし、さらには透明に近づけようとする試みから、西沢氏の新たな建築の歴史を切り開こうとする姿勢を感じた。
 私は2年前に金沢を訪れている。金沢駅から近江町市場、金沢城跡をとぼとぼ歩き、見晴し台から街を見下ろす。兼六園へ渡り満開の梅林を楽しんだ後に金沢21世紀美術館にたどり着いた。その土地の歴史をしっかりと背負った名所を連ねて歩いた後にも関わらず、金沢21世紀美術館は何の違和感も無くそこに佇んでいるように思えた。そして外部から内部へと進むと、季節の変わり目に自然界の変化を肌で感じてワクワクするような、緩やかな空間の変わり目を感じる。内部を彷徨っていると、またふんわりと外部へと空間が変化する。白壁と調光された空間で観賞する美術館とは異なる、体で感じる心地良さがそこには流れていた。。。というのは2年前を振り返っての回想で、当時は話題性のわりには印象が薄いというのが個人的な感想だった。しかし今思えば、それこそ西沢氏が狙っていた透明感だったのかもしれない。
 空間を感じるには、実際に体験することと、その空間をつくった人の意思を伝える言葉が必要だと思う。斎場御嶽の空間なら、その場に実際に身を置いて、偉大なる自然との対話をもって空間を感じる。同様に建築も。離島沖縄でも著名な建築家の言葉が聞ける今回のようなセミナーは本当に有意義だと思います。関係者の皆さま、ありがとうございました。



ほらね。ばらばら。ま、いっか。
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by chikao_may1st | 2010-07-12 22:23 | etc


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